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福島家庭裁判所郡山支部 昭和42年(家)585号 審判 1968年2月26日

申立人 吉永良明(仮名) 外一名

主文

被相続人亡吉永明治の別紙目録記載の相続財産を申立人吉永秀明に分与する。

申立人吉永良明が申し立てた昭和四一年(家)第一六一六号事件は昭和四二年一二月一一日同人の死亡によつて終了した。

理由

申立人吉永良明の申立の要旨は、「申立人は被相続人の叔父であつて同人が○○薬学専門学校在学中その学費、生活費のすべてを支弁し、卒業後は独立して生活ができるまでその世話をしたから特別縁故者として相続財産の分与を求める。」というにあり、

申立人吉永秀明の申立の要旨は、「(一)被相続人は大学卒業後各地で薬剤師として勤務し、後本籍地に戻つて薬剤の研究をしているうち母に死別し、以来単身孤独で頼るべき縁故もなかつた。(二)申立人は被相続人の遠縁に当り、その生活を見捨てることができず、唯一相談相手となつて乞食のような生活をしていた同人に対し食事や衣類を与え、又資金を貸して薬局を開業させてやつたが、約二年で死亡してしまつた。被相続人は薬局開業を年来の希望とし、資金の援助をうけたことに対し、不動産で返済することを約束しており、又自分の死後は財産の管理を頼む、といつていたので、申立人はその趣旨にそつて援助を惜しまなかつた。(三)被相続人が脳内出血で倒れるや、申立人は医師の手当をうけさせてその看護につとめ、死亡後は代表者となつて葬儀一切を取り計らい、遺産の管理をしてきた。

(四)以上の次第で、申立人は特別縁故者として別紙目録記載の遺産全部の分与を求める。なお、申立人は、昭和四〇年一〇月一三日、相続財産管理人の選任を申し立て、昭和四一年一月二五日山口光男が管理人に選任され同年二月五日その旨の公告がなされ、同年四月一一日、一切の相続債権者および受遺者に対し二ヵ月以内に債権の申出をするよう公告がなされ、ついで、同年九月六日、相続人は昭和四二年三月三〇日までにその権利を主張すべき旨の公告がなされたが、その期間内に相続権を主張するものがなかつた。」というにある。

ところで、申立人吉永良明は昭和四二年一二月一一日死亡したので同人の申立事件は終了し、その地位は相続の対象とはならないものと解する。すなわち、(一)特別縁故者に対する相続財産の分与の手続においては、申立人の資格は明確ではなくて実体法的に定められた所謂権利性は薄弱であり、むしろ恩恵的に贈与をうけることができる特殊の地位、身分と解される。(二)申立人は「特別の縁故」という高度に個性的な身分をもつことによつてのみ分与の請求ができるのであつて、請求するかどうかは全く申立人の意思にかかつており、申立をしても審判手続においてその資格と相当性が認められて始めて権利が形成されるのであるからその地位ないし身分は一身専属性が強く、財産法的な承継、譲渡には親しまないものである。(三)申立人が申立をしたことによつて分与の請求はなんら具体的な権利に転化するわけではないのであるから、以上のことは申立人が申立前に死亡した場合と申立後に死亡した場合とでなんら異なるところはないと考えられる。(四)離婚による財産分与請求権は相続されると解されるが、この権利は相続財産の分与を求める請求とは性格が異つて遙かに権利性が強く、殊に夫婦共同財産の清算を目的とする場合にはその財産権的性格を肯定しなければならないから本件の場合とは同一に論じ得ないものだからである。

そこで、申立人吉永秀明の申立について考えてみるに、別件相続財産管理人選任申立事件、相続人捜索の公告申立事件の各記録および本件における調査、審問の結果を総合すれば、

(一)  被相続人は昭和三年三月○○医科大学附属薬学専門部を卒業して同年五月薬剤師の免許をうけ、以来○○県下の病院、○○県○○県の警察部衛生課、医薬品会社等につとめ、昭和一九年七月退職して本籍地に帰り、本件相続財産である家屋に居住して薬剤の研究に従事していたが、後妻に入つて隣家に住んでいた母の外には全く交際はなく、孤独な生活をしていたが、昭和二七年母が死亡してからは、一層その度を加え、本人の特異な性格から身なりを構わず、弊衣をまとい乞食同然の恰好をしていたこと、

(二)  その頃、申立人の父は多少被相続人を世話したことがあつたが、申立人は父が死亡した昭和三五年頃から被相続人の世話をし、同人が年来の希望である薬局を開業したいといつて資金の援助を求めてきたので、数回に亘つて、

合計一九万四、〇〇〇円を貸し与えて昭和三八年頃薬局を開業させ、その外しばしば食事や食物、衣類を与えてその生活の面倒をみた。そして、被相続人は申立人から資金を借りたことについて、そのうち一部の借金について「返済できないときは宅地の名義書換をする」旨の借用証を入れ、又日頃「自分が死んだら財産は申立人に全部呉れるが、他人に渡してはいけない」といつていたこと、

(三)  申立人は被相続人が脳軟化症で倒れるや、医師の手当をうけさせてその看護に当り、死亡後は親戚代表となつて葬儀一切をとり行い、法事をし、その墓を守つている外、相続財産管理人が選任されるまでは遺産の管理保存に当り、被相続人の残した債務合計約一五万円(薬の未払代金、農業協同組合に対する借受金、怠納税金、本炭、牛乳、新聞電気等の代金)を支払い、申立の要旨(四)記載のとおり法定の手続をとつて催告期間満了後三ヵ月内に適法に本件申立をしたこと、

(四)  そして、被相続人の相続財産は別紙のとおり(但し、家屋は廃居であつて焚物程度の価値しかない)であつて、相続人は存在しないことが認められる。

してみれば、申立人吉永秀明は特別縁故者に該当すると認められるところ、本件相続財産については申立人が二名であつたので、先ず、申立人吉永秀明の有する債権を弁済するため清算手続(宅地については代物弁済の予約がなされていたと認められることは前記のとおりである)を行つて残存する相続財産を確定する必要があり、その手続の進行中申立人吉永良明が死亡したのであつて、申立人吉永秀明は相続財産の分与をうけられるならば貸金や立替債権を放棄する意思であることはその申立の趣旨や同人の陳述の趣旨から明らかであるから、清算手続をとらないで、相続財産全部を申立人吉永秀明に分与することとする。

よつて、相続財産管理人の意見をきいたうえ、主文のとおり審判する。

(家事審判官 土屋一英)

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